東京高等裁判所 昭和54年(ツ)30号 判決 1980年3月04日
上告人 甲野一郎
右訴訟代理人弁護士 千島勲
被上告人 甲野春男
右訴訟代理人弁護士 赤井文彌
同 船崎隆夫
同 生天目巌夫
同 岩崎精孝
主文
原判決中、上告人敗訴の部分を破棄し、右部分につき、本件控訴を棄却する。
前項の部分に関する当審及び控訴審の訴訟費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人千島勲の上告理由について
原審は、(一)(1)被上告人が、昭和二二年ころ、当時本件二階家(原判決添付別紙物件目録(一)記載の建物)を所有していた訴外亡甲野秋男(以下「秋男」という。)と右建物についての使用貸借契約を締結し(以下「本件使用貸借契約」という。)、これに基づいて右建物の引渡を受け、爾来右建物に居住して使用していること、(2)本件使用貸借契約は、兄弟である秋男と被上告人とが、親族相互扶助の精神に基づき、各人の必要に応じて甲野家一族の不動産を利用しあうという趣旨において、かつ、被上告人の援助に報いるとの趣旨を兼ねて、本件二階家を被上告人の必要とする限りの居住を目的として(以下「本件使用貸借の目的」という。)、締結したものであること、(3)秋男が昭和三九年に死亡し、上告人が本件二階家の所有権及び本件使用貸借契約上の貸主の地位を相続によって承継したことを適法に確定したうえ、(二)上告人が昭和四二年八月二七日被上告人に到達した書面をもってした民法五九七条二項に基づく本件使用貸借契約の解約(以下「本件解約」という。)の効力について、(1)被上告人が本件二階家以外に居住すべき適切な家屋を有しておらず、老令で居住家屋を自ら取得するほどの資力、能力も有していないから、被上告人は依然として本件二階家を使用する必要があり、(2)被上告人が本件二階家の使用を開始してから相当長い期間が経過しているが、いまだ本件使用貸借の目的を達成するに足りる期間が経過したものとはいえない、として、右解約の効力を否定し、上告人の本件使用貸借契約の終了に基づく本件二階家の明渡を求める請求を棄却している。
しかしながら、原審が本件使用貸借契約が締結されるまでの経緯について認定した事実、なかんずく、右契約は、被上告人が、昭和二二年当時に居住していた借家の明渡を求められたため、この事情を秋男に話して締結されたものであることのほか、使用貸借契約は無償契約であることに鑑みると、本件使用貸借の目的における「被上告人の必要とする限りの居住」の趣旨は、単なる一時しのぎのための居住でないことはもちろんであるが、さりとて本件二階家から出て行くか行かないかがまったく被上告人の恣意に委ねられている状態での居住でもなく、被上告人にとって十分安定した他の住居を獲得するまでの居住の趣旨と解するのが相当であり、また、右合意は不確定期限の約定と解することはできない。そうとすると、本件使用貸借契約における借主の返還義務は民法五九七条二項によるべきであり、前示のように、本件解約当時においては被上告人は既に約二一年間本件二階家に居住し使用収益してきたものであるから、本件使用貸借の目的に従って収益をなすに足る期間が経過したものと認めるのが相当であり、上告人は同条同項但書に基づき本件使用貸借契約を解約しえたものというべきである。したがって、本件解約はその効力を生じないとした原判決は、本件使用貸借契約及び民法五九七条二項の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点の違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、既に判示したように、原審が確定した事実関係のもとにおいては、本件解約は有効であるから、本件使用貸借契約が終了したことを理由として、被上告人に対し、本件二階家の明渡を求める上告人の本訴請求は正当として認容すべきものであり、これと結論において同旨の第一番判決は正当であって、被上告人の右請求についての本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安藤覺 裁判官 石川義夫 柴田保幸)
<以下省略>